自分のキゲンは自分でとります。

20代後半になって気付くひとりごと。

誰かを想うことの辛さ

親元を離れてしばらく経った。

当たり前だった存在との物理的な距離ができた。

 

しばらくは自分の人生のことだけを考えていた。

それが楽しかったし、それで問題がなかった。

程よい距離があるからこそ、親との関係も良好で

連絡を取り合い年に数回帰省することが楽しみになっていた。

 

でも、そんな平凡な幸せはなぜか続かなかった。

 

人の心は想像するよりも脆い。なぜだろう。

 

心も体も健康な状態は当たり前のようで

当たり前じゃない。複雑なバランスを人間は保っている。

だからこそ、体調を崩してしまう人も少なくない。

 

また母の調子が悪化してしまった。何年ぶりだろうか。

大学に入学してからかな、わりと母の状況はよかったかな。

大学が休みであれば、よく買い物も行ったし

社会人になってからも、月曜の平日休みはしょっちゅう

ランチに行ってあそんでたし。コロナになって、転職活動中は

毎日たいてい家にいて、よく一緒にご飯作って食べてたな。

懐古厨かもしれない。懐かしいし楽しい思い出ですね。

少なくとも私も寂しかったけど、それ以上に母は寂しく思って

たのかも。その反動もあってなのか、趣味も増えて、いろいろ

楽しみ見つけて母なりに頑張っていたように思う。

 

だからこそ、余計に、心への負荷がかかってしまったのかな。

 

いまは原因を探りながら、もとの生活に戻れるように

遠方から支えることしかできなくて、それが辛い。それもつらい。

 

大人になったから尚更なのかな。全然大人のつもりないけど。

でも世間からみたら、もう立派な大人になっていた。

大人ってなんやねん。

 

だからね、だから、辛いんだよ。

 

早く良くなるといいな。

気持ちはとなりのトトロのサツキだな。

 

岡崎律子Forフルーツバスケット